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東京地方裁判所 平成5年(ワ)24408号 判決

原告

目黒忠男

右訴訟代理人弁護士

酒井正之

被告

トーフレ株式会社

右代表者代表取締役

田代佳行

被告

田代佳行

右両名訴訟代理人弁護士

冨田武夫

渡辺修

主文

一  被告トーフレ株式会社は、原告に対し、金一六〇万円及びこれに対する平成六年一月一五日から、金五〇万円及びこれに対する同年一月二六日から、金二〇万円及びこれに対する同年二月二六日から右各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告トーフレ株式会社に対するその余の請求及び被告田代佳行に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告田代佳行との間においては、全部原告の負担とし、原告と被告トーフレ株式会社との間においては、原告に生じた費用の一〇分の一を同被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告トーフレ株式会社の従業員たる地位を有することを確認する。

二  被告トーフレ株式会社は、原告に対し、金一三〇万円及びこれに対する平成六年一月一五日から右支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告トーフレ株式会社は、原告に対し、平成六年一月から平成八年六月まで、毎月二五日限り、各金六〇万円及びこれに対する当月二五日から右各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告田代佳行は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成六年一月一九日から右支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  被告トーフレ株式会社(以下「被告会社」という)は、金属製フレキシブルチューブ及びエキスパンションジョイント(伸縮管継手)等の製造、販売等を業とし、被告田代佳行(以下「被告田代」という)が代表取締役である会社である。

2  原告は、平成三年末まで、株式会社オクダソカベの従業員であり、水道設備関係のエキスパンションジョイントの営業に従事していた。

3  被告会社は、エキスパンションジョイント部門の拡大を計画し、原告に対し、平成三年一〇月頃から入社を働きかけた。

4  原告は、平成四年一月二一日、被告会社との間に、次の内容の雇用契約を締結した。

職種 関東地区エキスパンション業務の企画・営業

所属 エキスパンション部二課

肩書 課長

期間 定めなし

就業場所 東京支店

5  被告会社の就業規則には定年年齢を六〇歳とする定めがあるが、被告会社は、その後、原告との間に、平成四年九月二一日から平成五年九月二〇日までの一年間とする旨の雇用契約書を作成した。

6  被告会社は、平成五年九月中旬、原告に対し、同月二〇日をもって雇用契約が終了する旨を通告した。

二  当事者の主張

1  原告

(一) 原告は、株式会社オクダソカベでエキスパンション水道部門の営業を担当し、平成三年一〇月当時、営業成績は良好で辞める理由はなかった。被告会社のエキスパンション部次長鵜飼満雄(以下「鵜飼」という)は、もと株式会社オクダソカベの社員であり、原告の業界における経験、実績及び人柄について知っており、同人が窓口になって、被告田代から、その頃、「原告は業界での経験があるから入社してくれれば有難い。会社は六〇歳定年であるが、場合によっては六〇歳を超えて働いてもらってもよい」旨を告げられ、その後も被告会社の幹部社員から被告会社への転職を強く勧誘された。そこで、原告は、定年となる平成八年六月三〇日まで勤務できるものと信じて被告会社に入社することになった。賃金は、年俸七二〇万円で、これを一二ヵ月で除した額の六〇万円を毎月二五日に支払うという約束であった。

(二) ところが、平成三年八月頃から、被告会社は、エキスパンション部の独立採算制移行という方針に伴い、原告を含む同部従業員に対し期間一年の雇用契約を締結することを強制してきた。原告は、その契約条項中に「一年間で赤字決算の場合は、契約の更新はしない」との特約条項があること、また、定年まで働くことができると信じていたことから、その締結を拒否した。被告会社は、原告に対し、業務命令違反を理由に、同年九月一九日解雇を通告したが、原告がこれを不当として承服できないと表明したところ、同年一〇月六日にこれを取り消した。

(三) 平成五年二月、被告会社は、前記特約条項を修正したうえで、原告に対し、期間一年の雇用契約を締結することを強制してきたので、これ以上抵抗すると再び解雇に仕向けられるであろうと怯え、同月二日、やむを得ず始期を平成四年九月二一日とする雇用契約書に捺印した。

しかし、右雇用契約は被告会社の強迫によるものであるから、原告は平成六年四月二二日の本件口頭弁論期日にこれを取り消す旨の意思表示をした。仮に右強迫が認められないとしても、いったん定年制に基づき採用した原告を被告会社の一方的な都合により期間を一年(合意当時は残存期間七ヵ月)とする雇用契約を強いるのは、就業規則に定める基準に違反し、また、公序良俗に反するから、無効である。さらに、このような事情のもとで、契約の更新を拒絶することは、信義則に反して無効である。

(四) 原告は、エキスパンション部東京として、業務上必要な事項はすべて上司と相談して対応していた。被告会社の指示と異なる意見を述べることは、業務遂行過程では通常のことであるが、最終的には指示に従い行動してきた。社内伝票処理、対外的な事務対応等を一人で行わなければならない状況であったが、週末提出の週報、行動管理表、月末提出の月報など業務報告は必要時にその都度行っていた。エキスパンション、ジョイント関係は、主に受注生産で、客先へ見積書の提出時に被告会社の外注先に対して事前相談、問合せ等を行っていたが、社内製作が不可能な場合、見積内容によって受注活動をするためには、納期管理や品質管理のために外注先の選定が必要となり、その都度、稟議して指示を得ている。原告は、外注先として、有限会社ラセン工業が原告の照会に対して適切な対応をしなかったので、より規模の大きく生産能力及び技術の優れているトーヨーユニバーサルを選定したが、これについては上司に相談済みである。

(五) 被告会社は、原告に対し、平成五年九月中旬、正当な理由なくして、雇用契約が同月二〇日をもって終了する旨を通告し、同月二一日以降の原告の就労を拒否し、賃金(同月二一日から同年一二月三一日までの分のうち、一〇月分五〇万円を受領しているので、残額合計一三〇万円、平成六年一月一日から平成八年六月三〇日までは毎月二五日限り六〇万円)を支払わない。

被告田代は、右通告が正当な理由のない違法なものであることを知り又は過失により知らないでしたものであるから、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。原告は、雇用契約終了の通告により、精神的打撃を受けたが、それを慰謝するためには、原告が被告会社に入社した経緯等に鑑み、一〇〇万円が相当であり、また、本件訴えの提起を余儀なくされ、弁護士着手金一〇〇万円及び成功報酬金一〇〇万円を下回らない損害を受けた。

2  被告ら

(一) 被告会社は、平成四年八月、エキスパンション部について、業務体制を強化・拡充し、将来は独立会社として運営することを目的として、被告会社から分離して独立採算制に移行することを明らかにした。右移行の実をあげるために、エキスパンション部の事務所を独立させ、また、雇用形態を期間の定めのないものから期間一年の有期雇用契約に改めることとした。

(二) 当時、エキスパンション部門は、大阪本社と東京支店内に事務所を有していたが、大阪においては、事務所の独立、雇用形態の変更につき従業員間に異論がなく、同年九月、従業員全員が同月二一日から平成五年九月二〇日までの一年間と定めた雇用契約の締結に同意し、また、事務所の移転も完了した。しかし、東京地区を担当していた原告は、当初東京支店からの事務所の独立及び雇用形態の変更のいずれにも難色を示し、被告会社が提示した雇用契約中、担当業務が一年間赤字の場合は契約を更新しないとの特約条項を問題にした。そこで、被告会社は、原告の意向を容れて、当該条項を削除した。その結果、原告も納得し、同年二月二日、期間を平成四年九月二一日から一年間とする雇用契約書に署名押印した。賃金は、年俸七二〇万円で、月額五〇万円、年二回の賞与各六〇万円と合意した。なお、事務所の移転については、当初、原告がどうしてもこれに応じないとの態度を示したので、平成五年九月一九日、業務指示違反を理由に解雇したが、被告会社は円満解決を期して、同年一〇月六日右意思表示を撤回した。その後、雇用形態の変更の話し合いを続けていく中で、原告は事務所の移転に納得し、これに応じた。

(三) 原告と被告会社との期間一年の雇用契約は、十分話し合ったうえで、平成四年一一月までに事実上合意に達していたが、その後会社内部の事情で契約書の作成が遅れていたにすぎず、雇用期間の始期を遡らせた契約書の調印について原告はなんら異議を留めなかった。

(四) ところが、原告は、関東・中部地区の営業を担当する二課課長としての地位にありながら、以下のとおり、職務を懈怠し続けた。

(1) 平成五年三月から、営業担当者に義務付けられている業務報告を怠るようになり、鵜飼が度々督促したが、改善されなかった。

(2) 原告の下に、従前は女性事務員を一名配置していたが、平成五年一月に事務員が退職したため、原告が外出中、取引先からの電話を大阪のエキスパンション部に転送する必要が生じた。しかし、原告は、同年四月から、転送装置の入力を怠るようになり、取引先からのクレームがあったため、鵜飼が厳しく注意したが、入力を怠り続けた。

(3) 平成五年四月のエキスパンション部の合同会議で、見積額が一〇〇万円を超える案件は、見積検討前に責任者の鵜飼に報告するよう取り決めたが、これを怠り、鵜飼の指示も無視した。

(4) 被告会社は、エキスパンションジョイントの製造部門を有しておらず、受注した製品の製造は外注していて、仮に外注先が設備等の事情で製造できない場合でも、まず外注先に発注した後、外注先が被告会社の承認を得て他社に再発注することとして、外注先企業との安定的な取引関係を維持していた。ところが、原告は、これを無視し、平成五年四月、外注先として取引のあった有限会社ラセン工業を無視して同社の下請業者であったトーヨーユニバーサル株式会社に直接発注したため、有限会社ラセン工業から厳重な抗議が寄せられた。鵜飼は、原告に対し、同会社に発注するよう指示したが、原告がこれを無視し続けたため、やむを得ず自ら同会社への発注に切り換えた。原告は、その後も、既往の外注系列を無視した発注をした。

(5) 平成五年三月、原告は、大倉エンジニアリング株式会社からエキスパンションジョイントを受注し、これを有限会社ラセン工業に発注したが、最初の立会検査で指摘されたベローズの手直しを指示されたのに対し、理由を構えて応じなかったため、同会社から原告以外の責任者を派遣するよう要求され、同会社との関係を無用にこじらせた。

(五) そこで、被告会社は、原告との雇用契約の期間が平成五年九月二〇日をもって終了するに当たり、原告のこれまでの劣悪な勤務ぶりに照して、更新することは到底不可能と判断し、雇用契約を打ち切ることにし、原告に対し、その旨を通知した。

仮に、右雇用契約が期間の定めのないものであるとするならば、右通知は解雇の意思表示とみなすべきであり、前記(四)の事情のもとにおいては、右意思表示は合理的な理由があるから有効である。

第三争点に対する判断

一  雇用契約の切替え合意について

1  証拠(略)及び末尾掲記の証拠を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 被告会社は、大阪に本社を置き、営業本部、製造部があって、営業本部はエキスパンション部、フレキ部、電材部に分かれ、東京、大阪など全国に九支店と二営業所、二工場を有している。平成五年度の年商は約六〇億円であり、平成六年四月一日現在の従業員数は約一二〇名であって、従業員の定年は就業規則上六〇歳と定められていた。(書証略)

(二) エキスパンション部は、平成二年九月に新設され、営業と設計業務を担当し、製造は外注先に委託していた。被告会社は、平成三年四月、エキスパンション部を一課と二課に分け、一課が主に関西地区を担当し、二課は東京支店に事務所をおいて課長及び課員各一名をもって主に関東・中部地区を担当していたが、営業担当者が不慣れであったので、営業活動を強化するため、営業のベテランを補充することとした。そこで、鵜飼を中心に検討した結果、株式会社オクダソカベでエキスパンション営業を担当していた原告に入社を勧誘することになった。

(三) 原告は、平成三年一〇月、鵜飼から、エキスパンション部に営業要員が不足していること、原告に東京地区での営業部門を統轄してもらいたいこと、エキスパンション部は将来独立会社とすることなどが聞かされ、被告田代からも同様に説明され、株式会社オクダソカベでの定年年齢六〇歳まで四年半余りを残すだけであり、転職によって仕事のやりがいが増し、給料が高くなることもあって、同社を退職して被告会社に入社することとした。そして、平成四年一月二一日、年俸七二〇万円(株式会社オクダソカベでは六八〇万円位)、エキスパンション部二課課長として採用された。(書証略)

(四) 被告会社は、これまでフレキシブルチューブの製造販売を主体としてきたが、エキスパンションジョイント事業を第二の主力事業にするべく、平成四年九月一九日、エキスパンション部門の独立採算制を採り、エキスパンション事務所を別個に移転することにし、また、エキスパンション部の従業員の雇用契約はそれまで期間の定めのなかったものを期間一年の有期雇用契約とし、一年を通じて損益の赤字が継続した場合には更新しないことにする一方、エキスパンション部において計上した利益の三分の一を担当者に分配するという見直しをした(書証略)。

(五) 被告会社は、右計画を実施するため、エキスパンション部の従業員に対し、期間一年で年俸制・更新に関する特約・利益配分を定めた有期雇用契約の締結を求め、平成四年九月中に原告以外の従業員全員との間でその旨の契約書を取り交わした。原告に対しても同年八月、期間一年の有期雇用契約の締結、事務所の移転及び欠員となった事務員一名の採用(同年八月には二課の事務員一名が転出した)が指示されたが、原告は、エキスパンション部に利益が計上できるのは将来のことであり、さしあたりそのような期待は持てないものと考え、期間一年の右雇用契約の条項中に独立採算方式で一年を通じて損益の赤字が継続した場合は更新しないとの定めがあることに納得せず、その締結を含む被告会社の一連の計画に反対し、これに応じようとしなかった。これに対して、被告会社は、原告に対し、同年九月一九日、業務命令違反を理由に解雇する旨告げたものの、原告との話し合い解決を期待し、同年一〇月六日に解雇通告を撤回した。そして、損益の赤字が継続した場合は更新しないとの条項を削除することによって原告の了解を得ることができ、同年一一月中旬ようやく、事務所の移転と女子事務員(派遣社員)の採用を実行することができた。(書証略)

(六) 原告は平成四年一二月七日、被告会社に対し、エキスパンション部の他の従業員と行動を共にしなかったことにより迷惑をかけたことを詫び、被告会社の指示に基づき、今後は被告会社、エキスパンション部の方針ないし業務命令に従い協力するとの趣旨の被告田代宛の始末書及び鵜飼宛の誓約書を提出した。被告会社は、平成五年一月末、改めて、原告に対し、期間一年の雇用契約の締結を求めて契約書を郵送した。原告は、その時点では、事務所の移転、雇用契約の更新条項の削除、始末書・誓約書の提出によって、もはや原告については期間一年の雇用契約書の締結は不要となったものと理解していたが、被告田代からも定年まで円満に努めてもらうことを望んでいるとの意向が示されていて、この契約を締結したからといって、簡単に解雇されることはないものと考え、被告会社本社から指示されたとおり、契約書中の雇用期間につき「平成四年九月二一日から同五年九月二〇日」、年俸賃金につき「七二〇万円」、毎月二五日の支払額につき「五〇万円」と書き入れ、これに署名押印して返送し、平成五年二月二日被告会社にこれが返送された。(書証略)

2  右事実によれば、原告は、被告会社との間に締結した期間の定めのない雇用契約について、平成五年二月二日、期間を一年、年俸を七二〇万円(月額五〇万円、賞与年二回各六〇万円)、計上した利益の三分の一の配分を受けるとの内容に切り換える合意をしたものということができる。

原告は、右変更合意は、被告会社の強迫によるものであると主張し、原告本人尋問において、被告会社が従業員に厳しく退職を迫る労務管理を採っているので変更契約を拒否できなかった旨を供述するが、右認定事実によれば、原告は、右合意をするに当たって、被告会社からの契約書の署名要請に際して、不利益な圧迫を受けたわけでもなく、また、なんらの異議も申し出ず、契約書面を郵便で授受しているのであって、その僅か四ヵ月前には被告会社に自己に対する解雇の不当を訴えて交渉を重ねこれを撤回させているのであるから、右合意が被告会社の強迫行為によって恐怖心からやむなく交わされたものという状況にあったというには当たらないのであり、むしろ、原告にとって有期雇用契約の締結は不本意ではあったが、これによって簡単に雇止めにされることがないものと理解して一応納得したものということができるのであって、他にこれが強迫によるものであることを認めるに足りる証拠はなく、原告の主張は採用できない。

原告は、右合意が就業規則に違反し、また、公序良俗等に反して無効であると主張する。確かに、被告会社においては、就業規則において満六〇歳定年制を定め、退職事由として死亡、定年、自己退職、解雇、休職期間満了を掲記しているが(書証略)、定年制は定年年齢の到達によって雇用契約を終了させる制度であって期間の定めに関するものではないから、右就業規則の下において、新たに期間の定めのある雇用契約を締結し、又は、期間の定めのない雇用契約に基づいて入社した従業員について合意に基づき期間の定めのある雇用契約に切り替えることが就業規則に定める基準に反して許されないとする理由はない。また、期間の定めのない契約を当事者の合意によって有期の契約に切り替えることが公序良俗、信義則に反するものであると解することもできない。

ところで、原告と被告会社との間で合意された期間一年の雇用契約は、平成五年二月二日に締結されたものであるが、両者間で作成された契約書面上では期間を平成四年九月二一日から平成五年九月二〇日までと記載され、始期を遡らせているところ、前記認定事実によれば、原告にとっては右締結日に至って始めて有期雇用契約関係の発生を認識したものであることは明らかであるから、右合意を合理的に解すれば、原告及び被告会社間に期間一年の雇用契約が適用されるのは平成五年二月二日以降であると認めるのが相当であり、原告が期間の定めの利益を放棄して残期間七ヵ月余りの雇用契約を甘受すべき事情も認められないから、新たに合意された雇用契約は右同日から平成六年二月一日までの一年間と定める趣旨であるというべきである。

二  更新拒絶の通知の効力について

1  右一の事実によれば、原告と被告会社間の期間の定めのない雇用契約は期間を一年間とするものに切り換えられたこととなるところ、右切り換えはエキスパンション部について独立採算制の実を上げることを目的として合意されたものであって、原告及び被告会社双方ともに右期間満了後も雇用関係の継続が期待されていたものということができるから、原告を契約期間満了によって雇止めにするに当たっては、解雇に関する法理が類推されるべきであると解するのが相当である。そこで、被告会社の更新拒絶通知の経緯についてみると、証拠(略)及び末尾記載の証拠を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 被告会社の営業担当者は、事業場外で顧客と折衝して業務を行うため、上司が日々の活動状況を把握するための日報を提出すべきことが基本的な職務とされていた。しかし、原告は、平成五年三月初めから、上司の鵜飼に対して日報をファックスで送付することを怠るようになり、鵜飼から度々督促を受けたが、週報、月報、社内連絡書を提出しているから足りるとか、業務が忙しいとの理由でこれにほとんど応じなかった。(書証略)

(二) 原告は、平成五年二月中旬、大倉エンジニアリング株式会社からエキスパンションジョイントを受注し、これを有限会社ラセン工業に発注したが、同年三月二二日の立会検査で大倉エンジニアリング株式会社から手直しを指示されて再検査をすることになり、その際の原告の対応が不十分であったため、被告会社は、同会社から原告以外の責任者を派遣することを要求され、やむなくエキスパンション部から鵜飼外一名が翌日の再検査に立会いを余儀なくされた。(書証略)

(三) エキスパンション部二課では、平成五年一月に女子事務員が退職したが、原告から補充を当面見合せるとの意見が出されたので、被告会社は、原告が外出して事務所が不在になる場合の対策として、エキスパンション部一課(大阪)への電話の転送装置を導入した。しかし、原告は、同年四月から、転送装置の入力を怠るようになり、取引先から原告との連絡が採れないとの苦情が相次ぎ、鵜飼から注意を受けたが、改善しなかった。そして、原告は、同年五月一五日稟議書をもって、エキスパンション部に対し、二課において電話代行業者を依頼して対応したいとの申し入れをしたが、取引先への対応が不十分になるとして、承認されなかったにもかかわらず、経費節減等を理由に執拗に再稟議を求め、転送装置の入力をしなかった。(書証略)

(四) 被告会社は、受注したエキスパンションジョイントの製造をすべて有限会社ラセン工業への外注によって賄っていて、同社が設備等の事情で製造できない場合でも、まず同社に発注し、同社が被告会社の承認を得てその全部又は一部を他社に再発注することとして、外注先企業との安定的な取引関係を維持していた。ところが、原告は、平成五年四月、三井金属エンジニアリング株式会社から角型エキスパンションジョイント二台を受注するに当たり、外注先が小規模の有限会社ラセン工業のみでは将来業績が上げられないとの考えで、同社を飛ばして同社の下請業者であったトーヨーユニバーサル株式会社に直接発注したため、有限会社ラセン工業から厳重な抗議がエキスパンション部に寄せられた。鵜飼は、原告に対し、同会社に発注するよう指示したが、原告がこれを無視し続けたため、同年四月下旬に至ってようやく同会社への発注に切り換えた。(書証略)

(五) また、原告は、平成五年三月一九日、高砂熱学工業株式会社からエキスパンションジョイント三台を納期同年五月一五日で受注し、これを有限会社ラセン工業に対していったん発注しながら、その後これをキャンセルして価格の有利な下請の周東工業株式会社に直接発注し、同年四月三〇日付けでエキスパンション部に承認を求めた。鵜飼は、本来許されない発注であると考えたが、当時既に同社で製品の製作が進んでいたため、やむなく事後承認をせざるを得ず、被告田代の承諾を得た。ところが、原告は、その後の同年八月二日、昭和キャボット株式会社からエキスパンションジョイントを受注するに当たり、また有限会社ラセン工業を抜いてトーヨーユニバーサル株式会社に直接発注しようとし、エキスパンション部に承認を求めてきたため、直ちに鵜飼は、従前の通告を理解すべき旨を明記して不承認とした。(書証略)

(六) エキスパンション部は、平成五年四月二四日、見積総額が一〇〇万円を超える案件については担当者が見積検討前に責任者の鵜飼に対して報告することを取り決めた。しかし、原告は、この事前報告を怠り、見積額は週報、月報で報告済みであり、従来の方法で責任をもってやれば十分であって問題はないとして、その後も鵜飼の指示を無視して一切報告をしなかった。(書証略)

(七) 被告会社は、平成五年九月一一日付け内容証明郵便で、原告に対し、同月二〇日をもって期間満了のところ、原告が被告会社の与えた指示等に対して採った対応、被告会社の注文先に対する態度等に鑑み、更新はできないと考えている旨を通知したが、原告は、これが不当労働行為に当たると非難した。しかし、被告会社は、同月一七日付け内容証明郵便で、原告に対し、雇用契約の更新はできないことを正式に通知した。(書証略)

2  右事実によれば、原告は、営業担当者として職務上指示された日報の提出及び転送電話の入力を長期間にわたって怠り、また、被告会社の外注系列に関する営業方針を無視して発注する等して度々業務上の指示に従わなかったものであり、その業務指示違反は、単に原告の怠慢に基づくというよりも、原告が従前の経験で得た独自の営業活動方針を固執するものであって、営業担当者としての職責を逸脱していたといわざるを得ないから、被告会社が原告について期間満了後も雇用を継続することが困難な状況に至ったと判断したことはやむを得なかったものということができる。被告会社は、前記一に認定のとおり、原告が有期雇用契約を拒否したことに関して原告に解雇通告をする性急な態度に出るなど、強い勧誘によって入社を求めた割には原告に対して不誠実な対応を採り、また、エキスパンション部の独立採算制を目的としながら、二課の営業に対して十分な人員体制を措置していなかった面があるが、有期雇用契約を締結後において、被告会社が原告主張のような嫌がらせ・不当な労務政策を続けたことを認めるに足りる証拠はないのであって、右認定の原告の勤務態度は職務上の指示に違反していたものといわざるを得ない。

そうであれば、被告会社が原告に対してした更新拒絶の通知にはやむを得ない事情に基づく相当な理由があるというべきであるところ、右通知は、期間の満了する日をもって終了する旨を内容とする趣旨のものであって、右認定事実によれば、原告と被告会社との間の雇用契約は平成六年二月一日をもって満了するのであるから、右通知によって右雇用契約は右同日をもって終了したものと解するのが相当である。

三  未払賃金について

1  右一、二の認定事実によれば、原告は、平成五年二月二日締結の期間一年とする雇用契約によって、被告会社に対し、右同日から平成六年二月一日までの間、毎月二五日限り五〇万円、賞与年二回各六〇万円の賃金の支払を求めることができる筋合であるところ、原告が平成五年一〇月分の賃金として五〇万円を受領したことは自認するところである。

してみれば、被告会社は、原告に対し、平成五年一〇月二一日から平成六年二月一日までの間について月額五〇万円の割合の賃金合計一七〇万円及び賞与六〇万円の支払義務があるというべきである。

2  よって、原告の被告会社に対する賃金請求は、平成五年一一月分及び一二月分の賃金並びに賞与六〇万円の合計一六〇万円とこれに対する遅滞後の平成六年一月一五日(訴状送達の日の翌日)から右支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分、同年一月分の賃金五〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である平成六年一月二六日から右支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分、平成六年一月分の賃金の一部二〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である平成六年二月二六日から右支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分の限度で理由があり、その余の賃金請求及び地位確認請求は理由がない。

四  以上のとおりであるから、原告の被告会社に対する請求は、右の限度で認容し、原告の被告田代に対する請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 遠藤賢治)

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